UM Design Association

東京デザイナー学院

2014年を振り返って、「考える」こと

今回がUMブログ二回目の更新になります、1年の野中です。

時が経つのは早いもので、もう2014年が終わろうとしています。今回は今年一年を振り返って感じたことを書きたいと思います。こんなこと思ってるんだな、と心の片隅にでも留めていただければ幸いです。

私が東京デザイナー学院に入学を決意したのは、実は入学ギリギリの時期でした。大学卒業とともに就職を考えていたのですが、就職活動に難航し、「本当に自分が好きなことってなんだ?」とずっと考えていました。ちょうど今から一年前の冬にデザイン系の専門学校に再進学することを決意し、年が明けてから願書を提出しました。

今思えば昔からチラシやパンフレット、チケット類を集めるのが好きでした。映画や美術館のチケットの収集癖もあり、さらにそれをスクラップブッキングでコラージュしたり…。しかし、自分が「デザインする側」に立つなんて夢にも思っていませんでした。それは、「デザイン」は「技術」や「才能」のある人がやるものだと思っていたからで、その頃はある意味「デザイン」と「アート」は同じものだと思っていました。

進路に困ってたまたま受けた就職の適職診断で、私は初めてデザイン業界に興味を持ちました。自分の適職に、クリエイティブ職や専門職系が比較的多く出たことに、自分が一番驚いていました。正直、ある仕事が自分に向いているかどうかなんてやってみなければ分からないし、同じ職種でも職場環境によってそれは大きく変わってくると思います。半信半疑ではありましたが、その結果を見て、もう一度「できる」「できない」の制約なしに、「自分がやってみたいこと」は何かを考えました。その結果、今私はデザインを勉強しています。

実際にデザインを勉強してみて思うことは、その領域の広さです。単に何かの目的に沿ってイメージを形にするだけではなく、まずアイディアを出すことそのものがデザインにつながるし、出来上がったものをどう伝えるかもデザインの一部。常に常に最良で効果的な方法を探すという意味で、とっても頭を使って「考える」ということ。

私は大学時代に文学を勉強していましたが、その時はテクストからあらゆる文化的な背景を汲み取る作業をしていました。「文化」といっても様々で、歴史、社会情勢、政治、宗教、芸術など、様々な要素がひとつの物語に現れてきます。著者はもう亡くなっているので、「あれはどういう意味なんですか?」と訪ねることもできません。答えのない学問です。その分はっきりとした正解も無いけれど、間違いもない、非常に懐の広い分野だったと思います。

では、「デザイン」はどうか。ある伝えたいメッセージがあって、それを伝えるために効果的な要素を盛り込んで、アイディアを目に見える形にする。その形はイラストだったり文字だったり、あるいは文章そのものだったり色彩だったりする訳ですが、まさに自分がやっていた、文学からある背景(=メッセージ)を汲み取る作業の逆のプロセスを経験しているような気がします。

堅苦しい話になってしまいましたが、自分がやってきたことがどこか今に繋がっているんだなということを、最近実感しています。目に見える形にするのは本当に難しく、アイディアが全然閃かないことも多々あるのですが、頭を使って「考える」ことが、今はとても楽しいと思えます。

長くなってしまいましたが、2015年に入ればまたすぐきちんと進路について考えなければなりません!前回の就職活動中にも感じましたが、「自分らしさ」を持っている人ほど魅力的な人材はいません。自分の中で何が「自分にできること」なのか、考えながら過ごして行きたいと思います。

皆様、良いお年を!

p.s 画像はフランスの哲学者・パスカルの「パンセ」より、有名な「考える葦」の抜粋です。「考える」ことって、人間にしかできない偉大なことなんですね。

  • 書き手
    野中 智未
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